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海賊宇宙船地球号獄中記

読書まとめ 1995生

二分心 The childhood of mankind depends on the harmony of the gods.

 

 

神々の沈黙―意識の誕生と文明の興亡

神々の沈黙―意識の誕生と文明の興亡

 

 

 二分心(Bicameral mind)。この本を読んで「二分心仮説」というものを知った。

 前2000年期末まで人類は意識を持たず、右脳から発される神の声に従って生きていたという。そこは幻聴、幻覚が支配する世界。脳の右半球は情報を統合的に処理する。この統合機能が「神の声」となりそれを受け取る左半球の人格の部分に訓戒を与えていた。「~しろ」「~するな」と。二分心の痕跡は現代でも統合失調症として残っている。統合失調症の発生要因の一つにストレスに対する脳の脆弱性があるが、二分心の時代の人間も同じくらい、ストレスに対する閾値が低かったとされる。新しい状況に遭遇するたけで、その対処のために神のことばを待つ必要があった。

 意識とは内省し選択する能力でありほとんどの行為に実は意識は必要ではないらしい。むしろ意識は「最適な人生」に邪魔ですらある。意識がある我々は行為の前の無限に等しい選択肢の前で立ちつくす。本当に無限に近いのだ。社会的、生活的なしがらみ、こうであらねばならないという制約を無視すればなんでもできる。そう、例えば朝起きたあとに顔を洗わずに首を吊ったりしてもいいし、会社に行くかわりにランドセルをからって小学校に登校してもいい。意識とは本来何にも縛られない、故に統制がとりにくいし何をしでかすかわからない。意識がない状態はロボットに近い。最適な選択をあらかじめプログラムされたとおりに下す。そこに不合理な選択をする可能性はない。二分心もこれに近い。二分心は社会統制の一形態であった。集団のリーダーがいちいち命令しなくても、自らが社会の中で位置づけられた役割を二分心から発される声に従って実行した。二分心は言語のあとに発生し、単純な合図を通して統制していた小規模な集団が、言語と二分心による統制で巨大化していった。

 意識が必要になったのは人類が増え、天変地異に伴う民族の移動により他の二分心集団と遭遇するうちに、予期せぬ状況の続発に苛まれ、文明社会の経験の蓄積である「神の声」では対処しきれなくなったから。さまざまな状況に適応、対処するために自ら判断し適応する能力である「意識」が生まれた。そう簡単に変わるのかと思うかもしれないが、脳には神経可塑性があり傷ついても別の部分が補うようにできており、環境の変化で邪魔になった脳の機能が変化してもおかしくない。さらにこの混乱期に大規模な殺戮が行われたことで、淘汰圧がかかったものと思われる。この時期勢力を誇ったアッシリアはそれ以前に類例がないほどの血なまぐさい恐怖政策を行ったとされる。二分心が薄れ旧秩序崩壊のための反動だった。意識がないころは個人という概念がなかったのでその分争いも少なかった。やはりこの意識のない人類の幼年期こそ、愛も憎しみもない、数々の神話が夢想し詩人が望郷の念を寄せる原初の楽園なのか。意識の発現こそが罪の意識を芽生えさせ失楽園の原因になったのか。

 二分心は完全には消え去らず、人類も神が消えることを望まなかった。神の声をとり戻そうと人類はけなげにあがく。母に捨てられた子のように。神の子宮のぬくもりを忘れられずに。それは祈りであり儀式、占いとなった。もう後戻りはできない。分かたれた人と神の間隙に天使と悪魔が入り込む。天使は神と人を繋ぐものとして翼を与えられ、悪魔は神々が沈黙している理由として「悪」の観念を担う。人は善悪の意識を得た。無数の悲劇の源たるこの二元を。神が去ったあとも神の存在は自明とされた。捨てられぬ無意識のぬくもりを楽園回帰願望に託した。

 この「二分心仮説」、提唱者のジュリアン・ジェインズはまだ語りつくしていなかったようで、続きを書くと言っていたが、その前に死んでしまった。これからの研究に期待。

 神の次に託宣を下すのは人工知能かな。右脳にチップ埋め込んで、あのころに戻る、なんて。

余談だが、たぶん、伊藤計劃の『ハーモニー』はこれを参考の一つにしている。『ハーモニー』の中にこんな文が書いてある。

 神を称えよ。我々の脳に収まっている、誰が求めたわけでもない自動ハレルヤ装置。それはしっかりと側脳と脳核のシナプスに根を張って剝がれない。

〈ハレルヤ〉〈ハレルヤ〉〈ハレルヤ〉〈ハレルヤ〉〈ハレルヤ〉

祈りの言葉がどこかでつぶやかれる。人類の神がそれを与えて以来、多くの自殺者と文学者とを悩ませてきた自意識という厄介な代物をようやく捨て去ることができる。そして原初の恍惚のうちに神の王国を称えて過ごすのだ。

〈ハレルヤ〉

主要人物であり、人類の意識消失を目論む、御冷ミァハは意識のない少数民族の出身だ.。(アイキャッチの画像はこの人)

 

ハーモニー〔新版〕 (ハヤカワ文庫JA)

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