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読書まとめ 1995生

テミストクレス(前520~前460) The victory of free citizens is brought about by the wisdom of one man.

『お前は詰まらない人間にはならない。非常に偉いものになる。善いにしても悪いにしても』

 アテナイの政治家で軍人、ペルシア戦争の立役者であるテミストクレスの子供時代に教師が送った言葉。テミストクレスは子供時代から聡明で政治を好む傾向にあった。宿題が終わっても子どもらしい遊びには興ぜずに演説や弁論の練習をしたりしていた。学業の中でも人格を作る倫理の授業や快楽や趣味に関してのものは嫌い、物事の実行や理解に関わる実務的なことを好んだ。

 政治家になったテミストクレスは名誉心を第一に考え、金にがめつい狡猾な人間になっていた。敵対政治家を陥れて追放したり、島々を回って金を回収したりと節操のないことばかりやり、しかもなまじ頭の回転がはやいので大抵のことは成功させた。敵対政治家で正反対の性格をもつアリステイデスはテミストクレスのことを評して、『この人は賢明であるが、自分の手を控えることができない』と言った。このアリステイデスさん、何度もテミストクレスに嫌がらせをされている(大体、アリステイデスが窮地に陥るのはテミストクレスの仕業)がペルシア戦争のときはそのことを水に流して一致団結してペルシアと戦ったり、そのほかにもいくつもの善人エピソードをもつかなりの好人物である。そんなわけで、テミストクレスは頭のよさをはなにかけて好き放題やるうざい奴、というのがアテネ市民の総意であったが、このテミストクレスの性格的傾向によりアテナは救われることになる。

 このころギリシャはペルシア帝国の侵略を受けていた。マラトンの戦でペルシアを退けたギリシャは受かれていたがテミストクレスは次の決戦に備え、市民に分配されるはずの銀山のかねを造船につかった。このときの説得の仕方も賢く、遠くのペルシア攻めてくると言っても説得に応じないだろうから近くのアイギナに対する敵対心を煽ることで市民たちの納得を得た。全兵力の投入のために女こどもを疎開させ一般市民も船の漕ぎ手として徴収するときは道理で説得しても民衆の理解を得られないと考えデルフォィの神託を利用し(この時代ではかなり不遜では?)神のことばとして自身の考えを補強した。最終的に海戦によってペルシア軍をぼろぼろに打ち負かし深追いもせずペルシア王を撤退させた(ペルシアは兵力が多すぎるので泥沼になるとギリシャ側の不利、アテネも一時占領され壊されていた)。ペルシア王が撤退するときにテミストクレスは、「王が逃げられるように追跡を遅らせます!」と言って恩を売った(マッチポンプ…)。

 その後戦勝の第一の功労者としてテミストクレスはみんなから嫌々ながら(!)も認められ羨望と嫉妬を集めた。しかし陰謀に加担したかどで逮捕されそうになり恩を売っていたペルシアに亡命した。ペルシア王は快く迎えた(ペルシア王は馬鹿なんだろうか)。テミストクレスはお得意の口八丁手八丁でペルシア王のお気に入りになり悠々自適な生活を送る。そのことをペルシアの臣下に、『色の定まらないギリシャ人の蛇奴、王様の守護神がとうとう貴様をここへつれてきた』と揶揄された。死因ははっきりしないがギリシャと戦うことになったが、もう十分の功績と名誉を得ているのでそれに泥をぬるようなことはしたくないと言って自殺したらしい。らしくない気もするが、もう老年なので、きりよく終わりたかったのかもしれない。人生は完結!といったところか。

 こんな男だが彼の名誉心からくる智略、どんな手段もいとわない狡賢さがあったからこそペルシアの大軍にギリシャは打ち勝てたのだろう。テミストクレスが下層市民まで船の漕ぎ手として徴収したことで戦に加わった市民の発言力が高まり、アテネはより民主政の色を強くしていくことになる。

 ところで、ペルシア戦争を描いた『300』という映画があるが、そこでのテミストクレスは普通のヒーローっぽくて全然イメージに合わなかったな……

 

古代ギリシアの歴史 ポリスの興隆と衰退 (学術文庫)

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